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2024年07月11日

懐かしのイスタンブール


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5月3日

本日はボローニャからトルコの首都イスタンブールまで空路で移動する。ボローニャ市内から空港までは鉄道が通っているが、本数も少なくその割には利用者が多いということで使い勝手が悪いらしい。列車の場合乗り遅れたら次の列車に乗ればいいが、飛行機の場合そうはいかない。ということでここもタクシーを使用した。

イスタンブールに行ったのは2001年が最後だった。東ヨーロッパ(現在では中央ヨーロッパというらしい)を南下して最後にブルガリアに着いたものの、色々な人に騙され続けイスタンブールへ逃げてホッとしたという記憶が残っている。そんなイスタンブールも空港が新しくなり、それに伴って別の場所に移動してしまったのだ。

以前は市内から近かったのが移動によりかなり遠くなってしまった。例えが適切かどうかはわからないが、羽田から成田に移動したと考えてもらえればいいだろう。もちろん市内まで鉄道(地下鉄)も通っているが、圧倒的にバスの方が便利である。

アクサライに到着したバスからホテルまではトラムに乗って行かなくてはならない。バスの車窓から街中をくまなく観察していたTassiはトラムの駅を見逃さなかった。下車したトラムの駅からホテルまではGoogle Mapが役に立った。今回の旅ではGoogle様サマである。Map以外にも「翻訳」機能がとても役に立った。特にスーパー・マーケットの商品を買う場合、現地語で書かれていることが多い。そんな時にスマホのカメラをかざすと同時に翻訳してくれるのだ。以前の旅行では考えられない進歩である。

さて、ホテルに無事に到着したTassiはまず腹ごしらえだ。ホテルのフロントマンに聞くと近くのケバブ屋さんを紹介してくれた。イスタンブールもインフレが激しく、物価が高騰しているので繁華街のレストランは相当高い。ここはそれでも安いから行ってごらんと言ってくれた。確かに良心的な値段であった。ケバブをつまみにビールでもと思いがちだが、ケバブ屋さんではアルコールは一切ダメだ。

過去に旅した経験からケバブはイスラムと繋がりが深い料理なので、アルコールはご法度だと聞いたことがある。イスラムの中でも比較的戒律が緩いトルコであっても、ケバブ専門店でアルコールを置いているところはまずない。なのでそれは承知の上での食事である。


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2024年07月09日

ボローニャはレンガ色


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5月3日

本日はシエナから同じイタリアのボローニャへの移動だ。まずはFIRENZE S.M.N.まで行きそこで乗り換える。シエナ駅からホテルまでの道のりは相当遠かったので、今日はタクシーを使うことにした。雨も降っていることだしね。

シエナに別れを告げるべくホテルの部屋の窓から外を撮影する。何事もなければいい街なのである。

フィレンツェからボローニャまでは約40分ほど。乗った列車はローマからフィレンツェまで引き返してきた列車と同じ時刻だった。なんだかとても複雑な思いがする。

ボローニャのホテルは一言で言うと「質素」。まあ必要十分である。今回特に日本のホテルの温かい便座がいかにありがたいかを痛感した。というのは朝方トイレに起きると便座の冷たさに目が覚めてしまうのだ。自宅では大小関わらず座って用を足すので、どこへ行っても同じスタイルなのである。

ボローニャはレンガ色の街だ。シエナやフィレンツェもそうだったが、トスカーナの街は総じてレンガ色だ。これが北部のミラノや首都のローマは趣が違う。そんなレンガ色の街並みを塔の上から撮影しようと思ったが、修復中で塔の上に登ることはできなかった。

ボローニャといえばソーセージ。なので今回もスーパーマーケットでソーセージとハムを切ってもらって部屋飲みである。ホテルのフロントで勧められたもそこそこ美味しかったが、値段を考えるとスーパーで買った食材の方が上だったような気がする。


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2024年07月05日

部屋飲み


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5月1日

シエナの中心にあるマンジャの塔。そしてその下に広がるカンポ広場は世界一美しいと言われている。塔の上までは階段で400段以上ある。おまけにとても狭くすれ違うことはまず無理である。なので登るのに一苦労だ。

ところが塔の上から見渡せるトスカーナの風景は、何者にも変え難い魅力を持っている。頑張って登ってきて良かったと思える瞬間だ。

今回は為替レートが1ユーロ=170円ほど。なのであらゆるものが高い。ホテルの値段もそうだが、外食はかなり高い。ちょっと食べるだけでも2,000円以上は覚悟しないとならない。そういうわけで今回は5回ほど部屋で夕食を取ることになった。

ホテル近くにあるスーパーでワインを買い、ソーセージやハムを数枚切ってもらい、チーズとパンで済ます夕食だ。ほとんど朝食と変わらない食事をしているようだな。しかしこれでも十分満足できる。


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2024年07月03日

ホテルから閉め出された


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5月1日

シエナのホテルスタッフはTassiが来るまでフロントで待っていてくれた。ん?
フロントにはいつも人がいるんじゃないかって?

もちろん24時間人が待機しているホテルもあれば、最近では日勤(9時から5時まで)のみというところもある。ホテルによってはフロントが無人のところもあるのだ。

ではどうやって建物に入るのか。その答えはこうだ。あらかじめ登録した自分のメールアドレスに、数桁の数字のパスワードが事前にホテルから送られてくる。そして宿泊客はそのパスワードを入り口近くに設置されている、簡易版電卓のような機械に打ち込むと、ガチャっとドアが開く仕組みになっている。

なのでこのパスワードを忘れて夜中に外に出てしまったら最後、ホテルから閉め出されてしまうという結果になるのだ。実際Tassiも閉め出されてしまった。幸いにも深夜ではなかったので、同じホテルの宿泊客にパスワードを教えてもらい再入場することができた。

それ以来携帯電話を肌身離さず持ち歩き、また電池切れなんてことがあってもいいように、パスワードをボールペンで腕に書くことにした。さらに汗で消えてもいいように足にも書いた。なおかつ人に見られてもわからないように、漢数字を混ぜて書いたりもした。

シエナは過去2回訪れている。今回はジンバルも持ってきているので、ブレの少ない動画が撮れるだろう。


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2024年07月01日

信用できるのは自分だけ


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4月29日

後で知ったのだがフィレンツエには3つの駅があるんだそうだ。

一番有名なのはサンタ・マリア・ノッヴェッラ駅。ここはターミナル駅でドンつきの駅である。頭文字を取ってFIRENZE S.M.N.と表記されることが多い。そのほかにもカンポ・ディ・マルティ駅という通過駅(山手線のような次につながる駅)そしてS.M.N.の一つ手前の駅であるリフレディ駅だ。

今回の最終目的地はフィレンツェから鈍行で1時間ほどのシエナという古都である。シエナ行きの列車はS.M.N.から出ているので、乗り換えにはS.M.N.に行かなければならない。

始点のミユンヘンから乗った夜行列車の終着駅はローマ。当初フィレンツェには止まらないということになっていた。ところがそんな話を同室のオランダ人に話をしたら、「止まるよ、車掌に聞いてきたら?」というではないか。Tassiは切符を持って車掌のところに確認しに行った。車掌はちゃんと止まります、と答えてくれた。車両のドアにもその表記があったのでTassiは安心していた。

到着のずいぶん前からドアの前で待っていた。少し遅れた列車はフィレンツエ・カンポ・ディ・マルティ駅に到着した。多くの乗客が降りたがTassiは次がS.M.N.だろうと信じて降りずにいた。

ところが発車した列車はターミナル駅に止まる素振りを見せず、どんどんと加速してるではないか。おかしいとは思ったが車掌も列車の表記もS.M.N.と書いてあるので、いずれ着くんだろうと思ったがそこが甘かった。

ドア近くのトイレに入ろうとした例のオランダ人が「お前、フィレンツエで降りなかったのか?」というではないか。「次はローマだぞ」とも。

なんとこの列車はS.M.N.には止まらなかったのだ。結局フィレンツエ〜ローマを往復してしまったのだ。東京〜名古屋くらいの距離を往復したわけだ。往復4時間だ。本来午前中にシエナに着く予定が、夜の6時頃になってしまった。

あ〜あ、人間不信の1日であった。


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2024年06月29日

大トラブル発生


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4月28日

ザルツブルグからシエナまで夜行列車に乗ろうとだいぶ前から計画していた。

ヨーロッパは大陸なので(それも大きい)鉄道網が発達している。いや、していたと過去形で言ってもいいかもしれない。近年LCCが多く飛んでいるせいか、過去にはポピュラーだった寝台列車が姿を消してしまった。

つまり昔は安く旅行しようと思ったらホテル代を浮かすために夜行列車を利用したが、今では昼間の移動にLCCを使う人が増えて、かえって夜行列車の方が高くつくということになってしまったのだ。最後に残ったのはドイツの寝台列車だと記憶している。

数年前にネットのニュースでその最後まで残ったドイツの夜行列車を、オーストリアの国鉄(OBB)が引き継いだという記事を偶然見かけた。そうかこれは一度乗ってみたいなと思わせる記事だった。それからしばらくしてコロナ騒ぎがあり移動制限がかけられ、ようやく昨年頃から世界中の移動が再開したのはみなさんの知るところだ。

再開した夜行列車も鉄道網が増え大分ヨーロッパ内に広がっているようだ。そんなこともあり今回の旅の一つに、夜行列車に乗るという目的が追加されたのだ。

ところがこれがトラブルの一つになってしまった。詳細はまた次回に……。


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2024年06月06日

40年前の記憶


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4月27日

40年前の記憶を辿っても何も出てこない。確か土砂降りの雨に降られて全身ずぶ濡れになりながらホテルに戻った記憶ぐらいだろうか。ずぶ濡れになった洋服やスニーカーを、なんとか翌日までに乾かそうとあの手この手で必死だった。

ケーブルカーに乗ってホーエン・ザルツブルグ城に登った記憶はあるが、果たしてそのケーブルカーが旧式のものだったか最新式のものだったかも思い出せない。当時はフィルムカメラだったので記録が残っていないのだ。ならば城に登れば思い出すだろうと登ってみた。

結局何も思い出せないままケーブルカーで城の登り下りをしただけだった。ただ下界から見るお城の姿だけは見覚えがあった。


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2024年06月04日

変わってしまったザルツブルグ


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4月26日

ザルツブルグは約40年ほど前に一度訪れたことがある。記憶がほとんどないがとにかく小さな街という印象しかなかった。ケーブルカーで、有名なホーエンザルツブルグ城に登った記憶があるくらいだ。

今回再び訪れてみてあまりの大都市ぶりに驚いた。駅も立派になっているし、駅からのんびりと走っていたトラムが今はない。代わりに路線バスがあちこちに走っている。昔の鄙びた感じを想像していたのが少し裏切られた気分だ。

ホテルは神学校の一部をホテルにした感じのキリリとした宿泊施設だ。間違ってもヘベレケに酔ってはいけない雰囲気が漂っている。


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2024年06月03日

ザルツブルグになんとか到着


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4月26日

さてザルツブルグに着く前にちょっとしたトラブルがあった。

プラハ-ザルツブルグという列車移動だったが正確にいうと、プラハ-リンツ、リンツ-ザルツブルグというように、間に乗り換えがあるのだ。乗り換え時間はおよそ45分余裕をとっていた。このくらいあればたとえ列車が多少遅れても間に合うだろうということだ。

さてリンツの一駅手前で列車が止まってしまった。乗客は皆ホームの外へ出るではないか。一人取り残されたTassiは訳もわからず車内に取り残されたままだ。しばらくすると車掌らしき制服を着た人間がバス、バスと怒鳴っている。どうやらバスへ乗れということらしい。そういえばドイツ語でこの駅に着く前に何かアナウンスがあったことを思い出した。つまりリンツの一駅前でバスに乗り換えろということなんだね。

どういう理由かこの列車はリンツ手前の駅までしか運行しなかったってことだ。とにかく訳もわからずTassiは駅の改札を出て近くにいるバスに飛び乗った。どうやらこのバスでリンツ駅まで行ってくれるらしい。

ところが交通渋滞などでリンツ駅に着いたのは、乗り換え時間の数分前だった。初めて訪れる駅のホームも分からずひたすら走った。数秒前にかろうじてザルツブルグ行きの列車に飛び乗ったのだ。45分の余裕があったからいいようなものの、もしギリギリの行程だったら間に合わなかったであろう。

ザルツブルグに無事到着し、路線バスでホテル近くまでの停留所まで行く。そしてなんとかホテルまでたどり着けた。ようやく一安心だ。


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2024年06月01日

昔の記憶は正しかった


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4月25日

チェコのプラハは20年ほど前に訪れたことがある。その時の印象はビールがとても美味しかったことだ。

今回の目的はもちろんビールを味わうためだ。ワイン好きの私がビールしか飲まなかったから、よっぽど美味しかったに違いない。本当にそうだったかそれを再確認するためにプラハまで来たのだ。

ヘルシンキからプラハへ飛ぶ日、あいにくヘルシンキはだった。飛行機の中で天候が回復するまで2時間ほど待たされ、ようやくプラハへ向けてのフライトとなった。プラハは雪ではなかったがビールを味わうには寒すぎていた。日本酒の熱燗かホットワインが欲しいぐらいの気候だ。

そうは言っても当初の目的を達成せねば。ということでカレル橋のたもとにあるレストランで、ビールとソーセージを注文する。やはり20年前とはいえ記憶は間違っていなかった。

さあ、明日はザルツブルグへ向けての列車の旅となる。

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2024年05月26日

ヘルシンキ中央駅


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4月21日

4月中旬、12年ぶりの旅に出た。3週間の一人旅である。

いつもはヨーロッパの入り口はパリだが、今回はフィンランドの首都ヘルシンキ。移動もエールフランスではなく、日本航空だった。おまけに成田ではなく羽田からのフライトということで、少しだけ旅のワクワク感が違っていた。

羽田のほうが便利ではあるが成田までの長い移動時間は、ジワジワと旅の気分を盛り上げてくれることに一役買っているのかもしれない。

今回はヘルシンキから徐々に南下していき、最後の到達地点ははトルコのイスタンブール。そこからヘルシンキまで戻り、そして羽田へと向かう旅になる。北から南までの旅なので洋服の準備が大変だ。また昨今楽器を買ってくるのは難しいので、今回は写真と動画を撮ってくる旅にした。

旅の荷物を軽くするために、新たに小さなカメラを手に入れた。その分動画のためにジンバルを追加した。フィルム時代から比べればカメラ関連の荷物の量はずいぶん減ったが、予備のバッテリーやパソコンなど、結局大荷物になってしまった。

写真はヘルシンキ中央駅の構内。日本の駅に比べると風情がちょっと違うなあ。北欧デザインの原点を見たような気がした。


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2024年02月05日

また旅に出ようかなあ

素材-22月5日

今年は12年ぶりに旅に出ようと考えている。以前はまだ意欲があって2年ごとに旅をしていたが、それが3年になり4年になり気がつくともう12年も経ってしまった。

これには一つ理由があって以前は楽器を買って持って帰って来れたのに、現在ではそれが不可能になってしまったということだ。

預け入れ荷物つまりチェックインカウンターで地上係員にタグをつけてもらい、ベルトコンベアーで運ばれていくアレである。これで預けるには総量の重さ制限がある。大体どこの航空会社でも23Kgということになっているらしい。

旅に必要な荷物を少なくして、楽器はソフトケース(ビニールバッグ)に入れて預ければ重量制限はなんとかなるが、それじゃあ楽器が破損するのは目に見えている。何せ海外のスタッフは扱いが丁寧じゃないと聞いているので、預け入れ荷物には出来ない。

以前だったら機内持ち込みにして、座席上の荷物入れに入れてしまったが、現在ではその方法は不可能である。国内の移動ですら無理なのでだから、海外では尚更だ。そんな理由からも旅から遠ざかってしまったというのも一つにある。

気がつくと12年かあ。2011年から「さだまさしツアー」に参加してからまとまった休みが取れなかったというのもイイワケの一つだが、やはりどこか歳とともに腰が重なってきたせいもあったんだろうね。

今回が最後のつもりで約3週間ヨーロッパを回ってくる予定だ。楽器の旅はできないが写真や動画をたくさん撮って来る予定。どこかのタイミングでアップできればと考えている。

写真は久しぶりに出した旅用のカバン。12年ぶりに出してみたら経年変化でキャスターの外周部分がボロボロに崩れてしまい、先日のロサンゼルスまで強行運用したら外周部分だけがなくなっていた。おかげでガタゴトとはいわずこれはこれで使えているが、このまま使い続けて旅先で致命的な結果になったらヤバイので修理に出すことにした。出来上がりが楽しみである。ぜひBEFOR AFTERで見てもらえたならいいかな。


SONY α7S / Cael Zeiss Vario-Tessar FE 4/24-70 ZA

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2024年01月25日

ロサンゼルス公演

素材-21月25日

1月18日から1月22日までさだまさしロサンゼルス公演で渡米する。

事前の事務的な準備にかなり時間を有し、旅の準備がギリギリとなってしまった。今回はオーロラ基金というところの招聘で、ロサンゼルスのチャリティーコンサートに参加する。

オーロラ基金とはアメリカで日本語教育に関わるアメリカ人教師や、日本語を学ぼうとする学生たちをサポートする基金である。詳細はオーロラ基金のサイトを参照。

日本から東へ移動すると偏西風の追い風に乗るので、移動時間は少なくなるメリットがある。その反面時差ぼけは西へ移動するときよりもひどい。今回は21日の本番までに多少時間があったので、いくらか持ち直した頃だったせいもあって、万全とは言えない体調であったが大盛況のうちに無事に終えた。

昨年からライブの機材を一新しかなりのグレードアップになった。しかし今回は海外公演という荷物の制限があるので、機材周りは簡略化及び軽量化に重点を置いて慎重にセレクトした。

竿モノはSanta CruzとCole Clarkのアコギ、そしてTACOMAのマンドリン3本だけ。デジタルミキサーはベリンガー XR12 X AIR。このミキサーの本来の使い方ではないが、Tassiにとっては過去に使っていたYAMAHA 01Vと同様に、ライブにはなくてはならないアイテムの一つとなっている。

足元のコントローラーはBOSS GT-5。ただこれはエフェクターとして使うのではなく、ミキサーのプログラム・チェンジを助ける、いわばフットスイッチの役目だけに使っている。これも邪道な使い方だね。

この二つの機材は演奏で両手が使えないときにはとても便利なシロモノである。

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長らく放置プレイだったこのブログ、再開を宣言するわけじゃないけれど、自分の忘備録的な意味でぼちぼちと始めようと考えています。更新はあまり期待できないけれど、時間の許す限り取り組みたいと思います。


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2013年09月09日

先祖返り

f773e364.jpg8月24日

何年かぶりに箱根のブルーグラスフェスに足を運ぶ。

元々アウトドアライフが苦手で、湿度や気温の高いところはなるべく避けていたい方だ。しかし野外フェスとなるとそうもいっていられない。湿度の高いところで大切な楽器を出して弾くなどということは学生の頃ならいざしらず、プロとしてやっている現在はまず考えられない。そんなわけでセカンドいやサード楽器を持って参戦する。楽器はそれでイイがtassi本人が湿気で倒れそうだ。

参戦などとえらそうに書いたが本格的なブルーグラスはもう何年も演奏していない。なのでキャンプ場の片隅でひたすらリハビリに励んだというのがその実態だ。30年前のようにバリバリと弾きたおすことが出来るようになるのはいったいいつのことやら。ブルーグラスはtassiのルーツの一つだし、まあ気長につきあっていこうと思っている。


iPhone 4s

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2009年03月25日

ただいま準備中

b8fea6fd.jpg3月18日

本当は12時間かけて地球の反対側まで行きたいところだが、そうも言っていられないので、2時間かけて伊豆の隠れ家へ。

とうとう本日から3日間は「準備中」の看板を出す。


CANON EOS 5D Mark 2 / SIGMA 24-70mm F2.8 IF EX DG HSM



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2008年03月11日

NOKTON CLASSIC 35mm F1.4

84520f6e.jpg3月9日

午後から西麻布の制作会社にてCM録音。音楽はモーガン・フィッシャー氏。今回はアコギのみ。

流石にプロのハーモニクスは違うね、というお褒めの(?)言葉を頂き、有頂天になって新宿へ直行する。マップカメラにて、このところ気になっていたレンズを手に取る。現在の在庫はMCだけだそうだ。SCは5月まで待たねばならぬということ。う〜む.....

前々からシンパイだったR-D1sの皮ケースの滑り。さすがに落とすことはないとは思うが、念のために滑り止めのゴムを要所要所に貼る。ついでに新品のレンズの一部にも。ちょっと(かなりだね)見た目には悪いが、効果は絶大だ。

滑るのがイヤならケースを外せばいいと言われそうだが、多少でもボディをカバーしたいという思いのほうが強い。滑らないことに加え、グリップが安定する。これなら手ぶれの防止にも一役買いそうだ。


OLYMPUS E-1 ZUIKO DIGITAL 50mm MACRO

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2007年10月23日

遅い夏休み

76653fa6.jpg10月14日

季節外れの夏休み。ここのところ休んでなかったので、数日間携帯電話の電源を切り、伊豆へと旅立つ。

オーベルジュと名のつくところは全国に数多くあるが、料理をじっくりと時間かけて出してくれるところは少ない。たいていは食事の時間帯や時間制限など、宿の都合で決められているところが多い。今回訪れた伊豆修善寺にあるオーベルジュはゆったりと食事ができ、また午後8時までに食事を始めてくれればいちいち細かいことは言わない、というスペイン料理が自慢の宿だ。

料理は恵比寿時代から定評のあるので問題なく、というより1日の宿泊客が5組という少人数のせいか、かなり手の込んだメニューである。もちろんスペイン・ワインも申し分ナシ。忘れてならないのが源泉掛け流しの温泉で、コレがまた疲れた体を労ってくれる。

ここは高台にあるせいか、眼下に修善寺の街並みがよく見え、夜ともなると宙に浮いたレストランで食事をしている気分になる。久しぶりに休みを堪能した。

オーベルジュ フェリス
http://www.grupo-feliz.com/auberge/index.html


RICOH Caplio GX 100


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2006年12月05日

横浜シーバス

19a88ae3.jpg12月3日

横浜から山下公園まで行こうとすると、みなとみらい線を使えば元町・中華街駅までほんの5駅。各停で約8分特急なら6分ほどで着いてしまう。急いでいるときはこの方法がベストだが、今日は久々の休みだったので横浜港から出ている「シーバス(水上バス)」を利用してみた。

横浜側の発着所は、横浜東口に今年の8月オープンした「横浜ベイクォーター」にある。「横浜ベイクォーター」は、レストランやおしゃれなショップが入っている商業施設だ。東口にあるといっても建物は海に面して建っているらしい。

横浜駅を降りてまずシーバス乗り場を探した。駅からサインが出ているのでそれに従って行けば着くだろうと「そごう」の中を抜けて歩きはじめる。船だから当然港から出るので相当歩くだろうなと覚悟していたが、ナカナカ目指す乗り場にたどり着けない。かなり遠回りをしてようやく到着、10分は歩いたと思う。最初からベイクォーターを目指して行けば良かったのだが、「シーバス」乗り場だけを探してうろうろしたのがまずかったようだ。

さてそのシーバスだが時間帯にもよるが、だいたい1時間に4本程度の割合で運行している。山下公園までは大人600円。ちょうど夕刻だったので、夕日が沈む風景が撮れればいいなといざ乗船。

山下公園まで直行ではなく、「みなとみらい21」「赤レンガ倉庫」を経由して行くことになる。そんなわけで乗船したときはまだ明るかったが、約40分の乗船時間を経て山下公園に着く頃にはもう日が暮れてしまい、おまけにデッキに出て写真を撮っていたので体が冷え切ってしまった。早く中華街に行って、お燗した紹興酒で体を中から温めなければ!!

「横浜ベイクォーター」
http://www.yokohama-bayquarter.com/top.php

「シーバス(水上バス)」
http://www.yokohama-cruising.jp/


EPSON R-D1s VOIGTLANDER ULTRA WIDE-HELIAR 12mm


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